アイユーメモリーが施行したご葬儀が、フューネラルビジネス2014年9月号に掲載されました。


個性派俳優の死を悼み 初舞台の地でラストステージ/故 斎藤 晴彦 劇団葬


祭壇

白花による清潔感あふれる生花祭壇。柩を祭壇に埋め込み、遺影には舞台で歌声を披露する写真が使われた。





祭壇データ



劇団黒テントに所属し、舞台を中心に映画やテレビで活躍した俳優の斎藤晴彦氏が6月27日に亡くなり、劇団黒テント主催の劇団葬が7月3日にとり行なわれた。
1940(昭和15)年東京生まれの故人は、小劇団で演技のキャリアを積み、69年に「演劇センター68/69」(後の劇団黒テント)に参画。その後、小劇場を中心に映画やテレビドラマにも活躍の場を広げた。80年代に入ると、クラシック曲に日本語の歌詞を乗せたユーモラスなテレビCMでブレイク、テレビ番組の司会者も務めるなど人気者となり、以降、個性派俳優として精力的に活動していた。
前日まで舞台稽古に通っていたなか、6月27日、自宅近くの路上で倒れているところを発見され都内の病院で死去。生涯独身だったが、長年住み慣れた地域の人々とのお別れができるように、3日ほど自宅に遺体が安置された後、劇団葬が営まれた。



劇団関係者らが多数参列した
会場となった千日谷会堂は2式場を擁する寺院会館だが、劇団黒テントが舞台として使用したことがあり、しかも故人が初舞台を踏んだ場所でもあったことから、式典会場に選ばれた。
2階のメイン式場に設営された間口6mの生花祭壇は、白花を基調に「故人が花のなかで眠っているようなイメージを」と依頼した主催者要望に沿ったデザイン。


無宗教の献花方式で、弔辞としてジャズ・テナーサックス奏者の中村誠一氏が献奏し、シンガーソングライターの加藤登紀子氏が献歌を捧げるなど、型にとらわれない自由なスタイルの式典となった。

演劇仲間だった女優渡辺えり氏の弔辞



弔辞としてサックスを献奏する中村誠一氏

加藤登紀子氏による献歌


開式後も多くの会葬者が式場に残り、故人との最後の別れを惜しみ、通夜に500人、葬儀・告別式に300人が参列し、個性派俳優の死を悼んだ。



献花シーン

  お別れの儀。派手なことを好まない故人の性格を考慮し、
死装束には愛用のシャツとジーンズの普段着



式場入口前に設けられた小型祭壇

2階の式場へ続く階段下に設置された芳名板



出棺、代々幡斎場(東京都渋谷区)へ




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