アイユーメモリーが施行したご葬儀が、フューネラルビジネス2013年12月号に掲載されました。


故人の作風に合わせて青を基調とした生花祭壇を設営/故 日野耕之祐 葬儀


祭壇

洋画家だった故人の画風に合わせて青系の洋花を取り入れた生花祭壇





祭壇データ



美術団体 ・ 日展参与や日洋会名誉会長を務めた洋画家、故日野耕之祐氏の葬儀が、9月7日、東京 ・ 中野坂上の宝仙寺大師堂第一斎場でとり行なわれた。
1962(昭和37)年に日展に初入選した故人は、67年に特選を受賞、76年に日展会員となる。日洋会にも参加し、両団体で発表を続けた。
また、画業のかたわら、美術評論家や産経新聞文化部記者としても活躍。高松宮殿下記念世界文化賞の絵画部門と彫刻部門の選考委員も務めた。
『美術記者十五年』 『具象ノート』 『美を訪ねて』 『東京百景』 などの著書を残している。



前日の通夜を合わせ 約300人が会葬

遺族・親族焼香の様子



待合所前に設けられたテレビモニターで
生前のビデオ映像を紹介
施行は東京 ・ 新井薬師前のアイユーメモリー。
喪家からの「格式のある式場を」との要望を受け、会場に都内の著名な寺院会館の1つである宝仙寺大師堂を選定した。
青色を好んだ故人は青を基調とした絵を描くことが多かったことから、式場には、青系統の洋花をあしらった生花祭壇が設営された。
式場となった大師堂第一斎場は最大150人を収容。式場隣の待合所前に置かれたテレビモニターからは、開式までの間、生前の故人の作品制作の様子を追ったドキュメンタリービデオが流された。



洋画家の塗師祥一郎氏による弔辞

出棺前のお別れの儀で花入れをする会葬者


開式に先立ってアイユーメモリーのスタッフが、当日の式次第を会葬者に説明。続いて、司会者が故人のプロフィールを紹介した後、導師が入場して開式。
遺族および親族による焼香に続いて、弔辞拝受、弔電紹介の後、一般焼香が行なわれた。
閉式後は式場内の椅子が撤去され、お別れの儀へと進んだ。会葬者のほとんどが式場に残り、列をつくって棺内に花を手向け、故人との最後の別れを惜しんだ。



遺族による最後の挨拶

出棺の様子 : この後 落合斎場へ向かった



宝仙寺は東京メトロ丸ノ内線中野坂上駅から徒歩約5分と交通の便がよい




式 次 第

  • 11:29
  • 11:34
  • 11:35
  • 11:47
  • 11:54
  • 12:05
  • 12:09
  • 12:45
  • 12:55
  • 故人プロフィール紹介
  • 導師入場、開式
  • 読経
  • 遺族 ・ 親族焼香
  • 弔辞 (2人)
  • 弔電紹介
  • 一般焼香 〜 閉式
  • お別れの儀
  • 出棺 〜 落合斎場へ