アイユーメモリーが施行したご葬儀が、フューネラルビジネス5月号に掲載されました。フューネラルビジネス5月号


サッカー関連遺品をアレンジし、故人を送る/故 富樫 洋一 葬儀・告別式


祭壇祭壇
アルストロメリアのオレンジを基調とした間口4間の生花祭壇。献花台にもオレンジのバラが埋めつくした。


日  時 2006年2月16日(木)  10時45分〜12時20分
場  所 寛永寺輪王殿第一会場  (東京都台東区)
故 人 名 富樫 洋一  (サッカージャーナリスト)  2006年2月7日死去  (54歳)
会葬者数 400人  (通夜1,400人)
主 催 者 富樫家
式 形 態 仏式献花方式  (浄土宗)
施行業者 アイユーメモリー  (東京都中野区)
祭壇形式 生花祭壇
生花業者 ビューティ花壇  (東京都港区)

祭壇データ

祭壇サイズ 間口7.2×高さ2.1×奥行2.0m
使用花材 ストック300本・スプレーストック300本・スプレーマム(白)200本・バラ200本
スプレーカーネーション200本・アルストロメリア(橙)150本・カスミソウ100本
オリエンタルユリ40本・アンスリウム20本・シンビジウム14本など
遺影サイズ 幅50.0×高さ67.5cm
制作時間 2人で3時間


サッカーアフリカ選手権で取材先のエジプト・カイロで客死(2月7日)したサッカージャーナリストの故富樫洋一氏の葬儀・告別式が去る2月16日、東京・上野の寛永寺輪王殿で営まれた。遺体は現地でエンバーミングされ、日本に帰国していた。

1951年東京生まれの故人は大学卒業後、出版社などに勤務したのち、フリージャーナリストとしてサッカーのイタリアリーグ、セリエAを取材。ジャンルカ・トト富樫のペンネームで執筆活動を行うとともに、サッカー雑誌「カルチョ2002」の顧問や、CS放送のサッカー解説などで活躍した。



献花シーン献花シーン
献花シーン。サッカー関係者のほか一般サッカーファンも献花に訪れた。


葬儀・告別式は、富樫家菩提寺の浄土宗雲光院住職による執行のもと行なわれた。

祭壇は、スペースを左右いっぱいに使った生花で表現。故人は自宅をオレンジ色を基調としたデザインにするほどオレンジやピンクといった派手な色を好み、華やかな性格だった人柄から、告別式はオレンジのバラによる献花で行ない、祭壇にもオレンジの色花を配した。



また、祭壇左手には取材中だったアフリカ選手権の取材許可証を全紙サイズに引き伸ばして掲示。遺族の希望はこれを遺影として使うことであったが、顔が小さくなってしまうことから、許可証を首にかけた取材現場写真を遺影とした。柩には、ペンネームのもとになった往年のイタリアサッカー選手ジャンルカ・ビアリのユニフォームと、故人がファンだったセリエAの強豪チーム・インテルのマフラーなどが置かれた。 アフリカ選手権の取材許可証
取材中だったアフリカ選手権の取材許可証を全紙サイズ(幅420×高さ594mm)に拡大して祭壇に飾った。


メモリアルコーナーメモリアルコーナー
メモリアルコーナー。会葬者が見ながら通れるように、式場入口の右手前に設置された。
CSで放送された故人の追悼番組のビデオも流された。



施行にあたったアイユーメモリーは、海外に滞在する邦人の病気など緊急事態に対応する海外SOSサービスなども手がけている。今回は、これが直接受注につながったわけではないというが、現地の死亡証明書の翻訳をはじめとする手続きなどに通じていることが受注の一因となったようだ。

なお、運営には施行側から14人のほか、関係者54人のスタッフで対応した。



出棺
出棺。黒門を出て、町屋斎場へ向かう。
(門標は高さ3.6m)
献花
式場外で献花を待つ会葬者。受付(写真左)は、
「スカイパーフェクト関係」「JFA・リーグ関係」
「大学関係」「中学・高校関係」
「一般関係」「親族関係」など8区分。


式場図面
式場図面
式場図面
式 次 第

10:41 故人略歴紹介ナレーション
10:45 開式の辞
10:45 導師・式衆入場 (浄土宗雲光院住職ほか2人)
10:48 読経
10:51 遺族親族献花
10:57 来賓・参列者献花
11:01 引導 (献花中断)
11:07 弔辞 (葬儀委員長)
11:11 読経 (献花再開)
11:39 導師・式衆退場 (献花中断、退場後  再開)
11:52 弔電
11:55 閉式の辞
11:58 お別れの儀
12:07 葬儀委員長あいさつ
12:10 親族代表あいさつ
12:13 遺族代表あいさつ
12:20 出棺〜町屋斎場へ